東北格闘技「ODOGEDENE」

主催者 我妻伸太郎

東北格闘技イベント「おどげでねぇ」の主催者としてご挨拶をいたします。

             

我々、東北の全ての人々は、さまざまな人々の助けを借りて東北大震災から立ち上がることができました。われわれは東北大震災から立ち上がる人々の強靭さを目の当たりにします。震災にあった我々の結束は豊かな大地を取り戻す大きな力です。

今、我々はこの復興と言う言葉の意味することと、我々が震災から立ち上がる困難に直面している現実と向かい合い人々の活力となる夢に橋をかけようと、私は東北格闘技イベント「おどげでねぇ」を開催し全ての東北の人々が幸せに暮らせる活力を見出す力を示すことは、震災でなくした悲しみを乗越える皆さんに見せたいと存じます。

復興は道路のようなもの、一番の近道は、たいてい一番悪い道、そこを進む勇気を手に入れるのが難しいですが、私は弱い人間です。だが弱さから逃げることはできない。 時には自分のため、そして私を応援してくれる人のため、私が応援したい東北の人々のため、私は最後まで戦わなければならない。

この理想が、ただそのまま私に与えられるものではないことは分かっています。

だからこそ私を応援してくれる強い東北の人々のご協力で開催できる。

強い東北を、我々は格闘技という戦いを通し、すべての人間は生まれながらにして平等であり、生命、自由、幸福の追求という侵すべからざる権利を神から与えられているのだという真理を見出す終わりのない旅を続けます。

これが東北格闘技イベント「おどげでねぇ」を開催する主催者である私の使命です。

 我妻伸太郎

実行委員会 挨拶

            
  • 東北格闘技イベント「おどげてねぇ」実行委員長として挨拶をさせていただきます。
  • 今から役2年半前の東北大震災、我々が、その日に東北に立っていました。
  • あの震災を目のあたりにして、私は最悪の出来事に見舞われて立ち尽くしてしまいました。
  • 大震災は私にとって非常に苦い薬でした。どうもがいてもダメな時がある。手を合わせるしか方法がない時がある。
  • だけど、本当の目が開くのはその時でした。
  • 大震災にあって不可能と思われた復興をする為に、信念を失わない事が大切でした。
  • 街は崩れガレキの山に変わり、緑の大地は津波で塩が広がり田畑が壊滅しました。
  • 大震災は私達の全てを変えました。
  • だが、私達は、東北で生きて来た事を愛してやまなかったからこそ、東北復興という言葉を掲げ前進し続けられたのです。
  • 震災の日、悲劇から立ち上がった皆さんも大好きな事を見つけてください。仕事や恋愛、趣味やスポーツ、何でもかまいません一番大好きな事を見つけるのが人生で大事なのです。
  • 大好きな事を実感する方法と、やりがいを感じる事が出来るただ一つの方法は、すばらしいと心底思える事を実現する事ではないでしょうか。
  • そして偉大な事をやり抜くただ一つの道は、大好きな事を愛する事でしょう。
  • まだ好きな事がまだ見つからないなら、探し続けてください。決して立ち止まってはいけない。本当にやりたい事が見つかった時には、不思議と自分でもすぐに分かるはずです。
  • すばらしい恋愛と同じように、時間がたつごとに良くなっていくものです。だから、探し続けてください。絶対に、立ち尽くしてはいけません。
  • 今大会、東北大震災から立ち上がる願い、復興の為、最も偉大なデモンストレーションとして一尾の記憶に残る、東北格闘技「おどげでねぇ」に、皆さんと共に参加出来る事をうれしく思います。
  • 今自分に出来る事、頑張れば出来そうな事、そういう事を積み重ねていかないと、遠くの目標は近づいてこない。
  • 東北格闘技「おどげでねぇ」を開催するのは偶然の出来事ではない。練習に勤勉な選手、忍耐強く苦しさや厳しさに耐えてきた選手、自分の技を研鑽してきた選手、鍛えられた刀のような体を謙虚な心という鞘に収めた武道家の選手、
  • そして何よりも東北を愛してやまない男達が東北格闘技「おでげでねぇ」で戦います。
  • 自らの力で世界を切り拓く事を望んだ男たちの戦いをご覧ください。
  • タイヤ館 宮城野代表取締役 渡部 信治